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・・・・・・・。

自分の大好きなもの、大切なもの、生きがいを奪われた事はあるだろうか?
ない・・・そんな答えが出るなら実に羨ましい
今日ここに書くのは、そんな生きがいを奪われた男の話だ。

幸せな日々はある日突然奪われる
それも、彼自身の意思には関係なく突然だ
そして気づく、自分がいかに当たり前という幸せの素晴らしき日々を送っていたかを・・・・
日々自分が楽しみにしていた事が奪われたと過程しよう。
すると、どうなる?そう、何も感じなくなる・・・生きる気力を失う
喉が乾く、腹が減る、眠い、暑い、寒い、などなど色々な感情がある
喉が乾いてる時に自分の好きな飲み物を飲めば美味しいと感じるだろう
腹が減ってる時に自分の好きな食べ物を食べれば美味しいと感じるだろう
寒い時にストーブを付ければ暖かいと感じるだろう
しかし、生きがいを奪われたものは違う
喉が乾いてる時に好きなものを飲もうと、それはただ喉を潤すだけ、おいしいとは感じない
腹が減ってる時に好きなものを食べようと、それは腹を満たすだけ、美味しいとは感じない

わかるだろうか?全てがどうでもよくなり、脱力する
よく、「私ネットがなくなったら生きていけない!」とか「携帯がなくなったら生きていけない」と言う人がいる
他人からしたら、そんな物がなくなったって生きていけると言うだろう。
しかし、生きがいとは人それぞれで全く違うものだ。
A君とB君がいたとして、同じゲームをやらせたとする。そのゲームをA君は楽しめたがB君は楽しめなかった。
そこで感覚の違いが生じてしまう。
A君にとってそのゲームが生きがいになったとしても、B君にとってはあんなつまらないゲームが生きがいになるはずがないと思ってしまう。だから、「そんな物がなくても生きていける」と言える
確かに生きていけるだろう、だがそれは身体的な意味のものだ。
精神的には、さっきも書いたとおり全てがつまらなく感じる、無感情、無気力・・・・そう、死んでいるのと同じなんだ。

ここで、一つ質問だ
例えば目が見えない人がいるとしよう。目が見えないという事は大半の物が失われてしまう。
しかし、それでも彼らは生きている・・・なぜだと思う?
生きがいがあるからだよ・・・・
それは、ピアノだったり読書だったり、音楽だったり色々だ。

最初の話から少しそれてしまったが、ここまでで生きがいがどれだけ大事な物か伝わっただろうか?
伝わったなら、最初に書いた男の話をしよう。

彼は生きがいを奪われた
他人からしたら美しいと言えるような生きがいではないかもしれない
だけど、彼にとっては頑張って努力して積み上げてきたものがあった。
奪われてからは、毎日の1分1秒が今までの倍くらい長く感じ、おもしろい事があっても出るのは笑顔ではなく、ため息ばかりだ。

男の生きがいは1週間たつと戻ってくるのだが、もうそれでは遅い。
車輪のない車、羽のない鳥、泳げないペンギン・・・・
レースが行われていて彼は先頭を走っていた、しかし車輪が外れてしまったんだ
車輪のない車がどうなるかわかるだろ?止まるんだよ
今までどんなに先頭を走っていようと、それは過去の栄光にすぎない。
彼の車が止まっている中、他の選手はどんどん彼を追い越していく。
止まる彼の時間、動き続ける選手達の時間・・・・・
彼の車の修理が終わる頃には、他の選手はゴールラインだ

そして彼がゴールする時に他の選手はこう言って励ますだろう、「車輪がはずれたんだから仕方ないよ」と・・・
確かに仕方がない、彼だってそんな事はわかっている
しかし、プライドが無駄に高く、負けず嫌いで、自己中な彼・・・という名の私は満足できないんだよおおおおおおおおおおおお


という訳でアカウント停止を受けました。原因はメールで喧嘩してしまった事だそうです・・・
もうこんな事はないように、プライベート設定でフレンド以外からメール届かない用にしました。
はは、どこからどうみても、自業自得です。

それでは、生きがいの消えたつまらない日々に戻ります

おやすみなさい





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[ 2011/12/15 22:36 ] 過去記事 | TB(0) | CM(0)

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